
前回は人生で最初に出会った文鳥の思い出話でした。
最初の文鳥を飼って以来、我が家では継続的に文鳥を飼うことになります。
誰がどこで買ってきたのかは、覚えていませんが、おそらく地域のペットショップがメインルートだったと思います。
買ってきたのは母親が自発的にだったり、私や兄が父や母にねだって買ってもらったり、中学生くらいになると、すっかり鳥好きになっていた兄がお小遣いを貯めて自分で買ってきたり、私も同じように買いに行ったりと、文鳥はすっかり我が家の生活になくてはならない存在になっていました。
しかし同時に、かわるがわる文鳥をペットショップで買ってくる、ということは、それだけ前の文鳥が命を落としてきた、ということにもなります。
当時の我が家はあまり文鳥を飼うのが下手くそで、1~2年おきごとくらいに亡くしたり、逃がしてしまったりしていました。
逃がしてしまう原因は、庭でかごを洗う時に水浴びをさせたとき、部屋で放鳥して遊ばせているときに窓が開いていたりと、人間の不注意によるものばかりでした。
そしてそのほとんどは私と兄によるものだった(少年時代の)というのは完全に黒歴史です(ものすごく後悔)
今思えば両親も「お前たちは動物の命を何だと思ってるんだ!」と怒って鳥を飼うことを禁じても良かったと思うのですが、親もどちらかというと放任主義と言いますか、あまりそういうことで怒るタイプではなかったので、それがまた良くない方向になってしまったのでしょう。
またかごを洗うときに逃がしてしまうのは父親であることもあったので、子供だけ責めるわけにはいかなかったのだと思います。
そしてもう一つの原因は「寒さ」です。
文鳥のカゴは玄関にある大きな「靴箱の上」に置いていました。
そこは居間と違って暖房もなく、冬場などはカゴにタオルをかけるくらいしかしていませんでした。
西日本なのでそこまで寒くはならないのですが、それでも冬は小動物には堪える季節です。
亡くなる季節は冬場が多かったと思うので、おそらくカゴを置いている場所が原因だったのだと思います。
高校生になって新しい家に越してからは、そのことに遅まきながら家族ともども気づいて、飼育環境を改善して、数年おきに亡くすということもなくなりました。
次に考えられるのは「餌の入り具合をちゃんと見ていなかった」ということ。
鳥のエサは基本的には殻つきを使っていて、食べかすの殻が餌の上にたまることがあります。
一見すると餌が入っているように見えますが、実はそれは実のない殻ということもあります。
なので時々「フーッ」と息を抜きかけてエサ入れの上の殻を飛ばすか、目視で確認して取り除くかをしないといけません。
当時の私や兄はそのことに気づいていませんでしたし、おそらく母親も(鳥の世話の大半は母がしてしたので)家事やパートで忙しかったこともあったのか、あまり気を配れなかった可能性もあります。
なので時々「あー、餌の上のほう、ほとんど殻じゃない!」と母親がエサ入れを見て言っていたこともありました。
こうした「餌の不十分さ」も寿命の短さに関係していたのかな、と思ったりもします。
ただ当時でも餌は2日に一回はフル補充していましたし、たまに忘れても3日に一回は必ず入れるようにしていたと思います。
しかも結構満タンに入れていたので、そこまで「不足」することはなかったのかなと思いますね。
なので、当時の我が家の飼育寿命の短さはやはり「気温差の大きい玄関に鳥かごを置いていたこと」だったと確信しています。
後に文鳥本を読んだときに「文鳥は冬に弱い動物なので温かくしてあげてください」という記述を見て「ああ、そうだったのか・・・」と申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたし、今でも胸が痛くなります。
また当時住んでいた家は古い木造住宅だったので、そもそもが気密性が悪く冬場はすきま風が多く入ってきていたのだと思います。
今の住居は防寒対策もしっかり施されていますし、文鳥のカゴを置く場所も冬場は風が通らない壁の内側に入れ込んでいますから安心です。
その分、10年も生き続けてくれているので、やはり「適度な気温の維持」は鳥には非常に大きな生存ファクターだなと確信しています。

