
我が家に最初にきた文鳥は、すでに大人になった状態でした。
最後まで家族に慣れないままで、一応、手乗りではあるものの、どこか距離がある関係だったのです。
最初の文鳥を亡くした直後、私の中で「文鳥と暮らす」のはそれで終わったと子供ながらに勝手に思っていました。
しかし気が付くと、新たな文鳥が家にいたのです。
ある日、学校から帰ってくると、母親が「見てみな」と手の中にいる小さなヒナの鳥を見せてくれました。
「え?これどうしたの?」
「文鳥の子供だよ」
始めてみる鳥の子供。
まだ目が少しか開いていない、毛のまばらな小さな生き物でした。
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不思議な生きものだったヒナ

母親の手の中でもぞもぞと動くその物体は、子供ながらにまるで宇宙人のような不思議さに満ちた存在でした。
「寒いから戻すね」
と言って、母親はヒナをテーブルの上の藁でできたような箱の中に入れていました。
「なに、それ?」
「ヒナ用の入れ物だよ。ここに入れておくと温かいんだよ」
言われて中を見ると、藁のかごの中ににティッシュが敷かれていて、その上に先ほどのヒナがいました。
そのヒナはまだ目が見えないのか、何かを探し回るようにもぞもぞと小さく動いていて、かごの中を這うように移動しています。
母親はカゴの横に置いてあった水差しのような透明な色のものを、餌の入った容器の中に先端を入れて、何度か「コンコン」と叩くと、透明な水差しの先っちょに餌が詰まっているのが見えました。
「何やってるの?」
不思議に思った私が聞くと「餌だよ。ヒナにあげるんだ」と言い、そのままカゴの中のヒナを手に取って水差しの先端を嘴に近づけます。するとヒナは突然大きく口を開けて「びゃあびゃあびゃあ」と鳴き始めました。
そのまま水差しの端を押していくと、先のエサがひなの口に入っていくのを見て「へえー。餌ってこうやって入れるんだ」と。
水差しと思っていたのはヒナ用のエサ容器で、「育ての親」と呼ばれるスポイトだということを後で知りました。

スポイトに入れていたのは「粟玉」というもので、ヒナのための栄養価の高い餌になっていて、そのまま与えると固くて雑菌もあるので、熱湯でふやかして殺菌した後で温度を冷ましてから与えるという流れだということも。
その後、母親が餌をあげる姿を見ていて、自分もやりたくなってきたので、スポイトで口の中に入れる作業だけをやらせてもらいました。
手の中にいるヒナはとても小さくてか弱くて、子供ながらに「守ってあげないと」という気持ちになったのは今でもよく覚えています。
お腹を空かせたのか、スポイトの先端を嘴に軽く当てると、とたんに「びゃあびゃあびゃあ」と鳴いて餌を求めてくる姿はすごく愛らしいものでした。
その日からヒナのエサ入れは私が担当することになり、母親が作った餌を学校から帰ってきた私が(途中から兄も参加するようになりましたが)挙げる日々が続いたものです。
成長していくヒナと自分自身

そんな日が半月も続いた後。
気が付けばヒナは少しずつ大きくなって、毛も生えそろってきて、目もぱっちりと開いて、以前より大きな声で「びゃあびゃあびゃあびゃあ」と激しく餌を求めてくるようになっていました。
大きくなるにつれてそれまでの藁のかごから、プラスティックの虫入れに、さらに半月ほど経つと普通の鳥かごに変わり、成長したヒナはカゴの中の止まり木にしっかりと捕まるようにも。
(大きくなったなあ)
と、しみじみしたものです。
母親は「もう少ししたら、自分で餌を食べられるようになるね」と言っていましたが、まだそのときはヒナは私や母親、兄を見ると「びゃあびゃあ」と鳴いてカゴの端に走り寄ってきていて、またそれが可愛く思えたものです。
カゴから出すとバタバタと飛び出してきて、不安定ながらも私たちのほうに飛ぼうとしてきたのも健気でしたし、腕や肩に止まるとじっとして落ち着いているのも「ここが落ち着くんだなあ」と嬉しいものでした。
そしてお腹がすくとすぐに「びゃあびゃあびゃあ」と鳴いて餌を求めてきて、スポイトとエサ入れを用意すると慌てて手元に飛び乗ってくる姿、大きく口を開けて顔を左右を振って「餌くれー!」とアピールしてくる姿も。
それから数か月経過して、すっかり大人の文鳥になっていて、餌はカゴの中のエサ入れで自分で食べるようになっていました。
ヒナの頃のようには「びゃあびゃあびゃあ」と鳴くことはなくなっていて、それが好きだった自分には、少し寂しい気持ちはありました。
それでも自分たち家族を見ると、かごの中で飛び跳ねて「ピッピッ」と鳴いてカゴに張り付いて「出してくれー!」アピールをしたり、外に出すと、すぐに飛んできて肩や手に止まって甘噛みする姿は、ヒナの頃と変わらずに愛らしいものでしたね。
数年たって成長してくると、性格も落ち着いてくるのか、体を手で包んでも抵抗せずに、大人しく手の中でじっとしているように変化してきたのも、「成長する」ということの意味を子供時代の自分にとっての「学び」になったように思います。
これからも続く文鳥との生活
それからも何匹も文鳥を育ててきましたし、飼っていた文鳥がヒナを生んで、代わりに育ててきたこともありました。
ヒナを育てる過程、ヒナから大人になる過程、大人から老いていく過程、そして最後・・・・
子供の頃から大人になった今に至るまで、文鳥との生活は相変わらず続いています。
今の文鳥は10歳と8歳と3歳で、高齢世代と若者世代の3世帯住居で、落ち着きとあわただしさの2種類が同居していて、それはそれでなかなかに楽しいものです。
この生活がいつまで続くのか分かりませんが、彼ら彼女らが健やかに安らかに過ごせるよう、頑張って環境をキープして、楽しく共に暮らしていきたいと思いますよ。

